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《東弥》やるか、やられるか、介護の終わりは誰が決める?②

 

前回の投稿は↓

やるか、やられるか介護の終わりはだれが決める?①

 

 

逃げたくても逃げられない

 

 

「一緒に住んでるから、協力して当然」

そんな声が聞こえてくるようで

 

 

「やりたくない」

 

という自分の意見を

家族の前以外でも出すに出せない

 

誰にどう思われるのかが怖かったから。

 

 

「わたしにも自由な時間がほしい!」

叫びたくても叫ぶこともできず

どれだけ頭をかきむしり

タンスに向かい枕を投げつけても

 

 

気持ちが晴れることはなく

日々の介護が続くだけ。

 

 

とにかく精神的に辛かった。

(私がやらなければならないと思い込んんでいた)

 

介護しない日を日常にしたかった。

(期限がないとは、なんとも重苦しいものです)

 

気兼ねせずに生活したかった。

(寝たい時に寝て、起きたい時に起きるとかね。)

 

負のループから抜け出し

自分の都合で未来を決めたかった。

 

 

なにより

自分が溢れんばかりのやる気を元に

決断したことを

自分の意思にのっとって

楽しく行動している

 

という感覚を求めていた。

 

 

今は無理でも

 

チャレンジすれば

自分も誰かのために

何か成し得ることができる

という感覚が欲しかった。

 

 

介護をしている期間は

都合よく人に使われている

としか思えなかった。

 

 

介護も子育ても

とにかく時間に縛られる。

 

もともと、家事は大嫌い(なぜ、結婚した?)

 

 

18時には食事だから17時には台所に立たないと

そう思うだけで夕食時間が憂鬱だった。

 

 

この時間という制限があるために

外出しても長居はできない。

食事の支度のため戻らなければならないからだ。

 

 

戻らなければならない、とは

同居したことのある人にしかわからない感覚。

 

ご年配の方は日常がルーティン化され変化を嫌う。

年配者たちのペースに合っていなければ

 

行動しているとはみなされない。

 

 

16:30になると毎日

あと30分、滞在時間があれば、と思う。

 

名残惜しく「もう少しだけ」とねだる

子どものリクエストにも答えられるのに。

 

 

この時間的不自由さが大嫌いだ。

 

 

介護さえなければ

同居さえしなければ

何度もそう思った。

 

 

でも現実は変わらないどころか

 

子どもたちは成長し反抗期を迎え

どんどん扱いにくくなって

 

聞いても返事が返ってこない。

翌日の弁当や起床時間の確認など

必要な会話さえできなくなっていく。

 

 

今までとは違うストレスが溜まっていくのを感じる。

 

 

介護のストレスが解消されないままに。

 

 

このままでは

時間も気持ちもお金もヤバい!!

 

 

とにかく少しでも変化を求めて

 

子どもたちの学費を理由に

一念発起して

医療事務の学校に通った。

 

フルタイムパートから始めてみれば

続けたらなんとかなるかもしれない。

 

たいした下調べもせず

とにかく

家から離れる正当な理由づくりをした。

 

 

運よく、派遣ではない直接雇用の病院をみつけ応募。

 

履歴書、職務経歴書、の書き方

面接など

医療事務学校のサポートを受けた結果

 

 

なんと…

 

次回へ続く

 

 

馬道東弥

 

 

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