かなみん

《かなみん》あなたが嫌いな私になる

私たちは自分にとってもっとも影響が強い相手に「好かれよう」としてしまう生き物だと思う。

私の場合、最初に「好かれよう」としたのは母親だ。もちろん、それは一般的なパターンで、ほとんどの子供が両親や、1番身近かな大人に好かれよとするものだと思う。

何故かと言えば、そうしないと生きられないから。生きる為の食べ物を与えてくれて、排泄のお世話などをしてくれる存在に嫌われてしまえば私たちは生きていけない。
その事を生まれて間もない頃から、
本能的に知っているのだ。

 

そして困った事に、
その「癖」は、自分で食べる分を自分で稼げるようになった今でも直らない。
もう母親に嫌われても生きていける。
無理して嫌だったことを続けなくてもいい。
それでも、無意識に母親が喜びそうな事をしたり言ってしまう。時にはランチのメニューや、付き合う相手のタイプまで選択に影響を及ぼしてしまうから、恐ろしい。

 

母親と娘の絆の強さは、時にお互いの首を締める。母親は、自分の事のように娘を想い、娘が傷つけば自分が傷つけられた様に感じる。だからなるべく娘が傷つかないように、あれこれ心配し過干渉になってしまう。

 

娘は、母親を悲しませたくない。

母親を幸せに出来ないなら、自分には価値がないと思う。自分のせいで母親を傷つけるのだけは避けたいから、なるべく母親が喜びそうな自分で居ようとする。

母親が軽蔑するような、男に媚びる女にだけはなれない。

 

本当は、男性に可愛いと思ってももらいたい。好きな人の気を引きたくて、上目遣いをするくらい、なんでもない事なのに、本当は持てる荷物も、重くて持てない振りをするくらい、みんなやってる事なのに。

 

でも私がそんな事をしてるのを母親が見たらなんて言うだろう?きっとそんな事をする女を、母親は好きじゃないはずだ。

 

だから上手く男性に甘える事ができない。
なんでも1人で出来る逞しい女を演じてしまう。
演じてるうちに、本当になんでも1人で出来るよいになって、男には媚びない、可愛らしさのない女になってしまった。

こんな私を、母親は褒めてくれるだろうか?
いや褒めるどころか、いい歳をして恋人の一人も居ないことを心配するかもしれない。
母親を安心させる為に、早く結婚しなきゃ。
甘え方も分からないまま、突然相手を探す。

そして次は、やっと見つけた相手に愛される為に、恋人に「好かれよう」とする。

 

恋人が好きそうな洋服を来て、
恋人が喜びそうな言葉を選ぶ。
嫌われたら、私はどうなってしまうのだろう?

 

実際には、どうもならない。
恋人は私の元を去って行くかもしれないけど、
誰かに「好かれよう」としなくていいんだから、自分の好きなように生きられる。

 

私たちは本来、自分が好きな自分になりたいのだ。自分に「好かれよう」とする。
母親でも、恋人でもなく、
自分に好かれる。
そのことが1番自分を幸せにする。

 

その為にはまず、母親が悲しむようなことをしてみる。胸元が大胆に開いたセクシーなキャミソールを着てみる。夜中にカップラーメンを食べてみる。ブランド品を買ってみる。

もちろん、人によってそれは様々。
家を出て一人暮らしをするとか、離婚をするとか、子供を持たない選択をすると、勇気がいる選択もあるかもしれない。

 

母親や恋人に限らず、
私たちは好きな人や尊敬する相手の言葉に影響されて生きている。

もちろん、それが自分にとってプラスになっている場合も多い。でもある日、その言葉が檻に変わる瞬間が必ず訪れる。それは私たちが成長し続ける限り避けられないことだし、自分が成長している証でもあるのだ。

その時、今までの自分を支えてくれていた「誰か」に嫌われることを恐れないこと。

それが、

自分を好きになる為のはじめの一歩だから。

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