かなみん

《かなみん》本当の自分で役に立つ

「人の役に立ちたい」

私たちは誰でも、本能的にこの欲求を持っている。人の根底にあるのがこの欲求だからだ。

私たちはこの世に生まれ、人と関わり、人を愛する。そして、愛を知りはじめて本当の自分に出会う。

やがて、関わった人々、愛する人々の幸せを思い、自分がその幸せに役立つことを願う。

それが私たち人間の唯一にして最大の願いだ。

 

だけど、本来は本能で備わっているはずのその欲求は、承認欲求、利他の精神、自己犠牲や偽善的な倫理観など様々な刷り込みによって形を変えてしまったように思う。

 

人を愛せるような余裕がない日々。
仕事での自分の立ち位置を守る為に、家族や友達に認めてもらう為に、隣の人に悪く思われたくなくて、傷つけない様に気をつけて歩く。
そんな事してたら、忙しくて、人を愛する余裕なんてない。

 

そんな余裕はないけれど、
人の役に立つ為にがんばっている。
がんばって仕事をしているし、人が嫌がることも進んでやっている。
「ありがとう」と言われるとやり甲斐を感じる。

これだけやってるのに私に感謝しない家族はどうかしていると思っている。
私を認めない上司も会社も何も分かっていない。

 

どうしてあんなチャラチャラしてるやつが出世するのか、全然分からない。
絶対後から後悔すると思う。いつか私の凄さが分かるだろう。
と、思って3年経つけど、世界は一向に私の方を向く気はないみたいだ。

 

何故?なぜ世界はあの子の方ばかり見てるの?
いつになったら私の存在に気がつくのだろう。
頑張れば頑張るほど、途方に暮れてしまう。

 

私たちはみんな、それぞれが「特別」な存在だ。
誰もが本当はその事を知っている。
どんなに自分に自信がない人でも、本当は自分を特別だと感じている。それはもう、DNAに刻まれた真実だからだ。

だけど、そんな事は誰も口にしないし、認めようとはしない。
一人一人には重要な価値など無いように、
一色他にされてきた私たちは、自分には価値がないと思い込まされてきたから仕方ない。
だから、自分には価値が無いから、
「人の役に立たなければ」と思う。

 

だけど本来は違ったはずだ。
私たちが「人の役に立ちたい」のは、
愛する人を幸せにする為だったはずだ。

 

一部の「特別」な能力がある選ばれた人だけが幸せな人生を送ることが出来る。
私たちはそう思い込んでいる。
「特別」の切符は数字だ。
何かの数字が「特別」大きいこと。
だから私たちはなんとか「特別」になりたくて数字を追いかける。
貯金や収入、順位や時間。
速い、遅い、高い、安い、多い、少ない。
全て数字にして比較する。

 

だけど、私たちが「特別」なことは本来、これらの数字で表現することはできない。
なぜなら比較対象がないからだ。
そもそも私は一人しかいないのだから、1位も2位もない。この事を私たち一人一人が本当の意味で理解することが出来れば、数字ではなく、自分らしさを追求する事でしか、
「人の役に立つ」道がないことに気がつくだろう。

逆に言えば、数字だけを追っていたら、
いつまでも私の中の「特別」を見つけることはできない。

 

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